少し前ですが、”阿久悠さん 山本リンダ『どうにもとまらない』で「女性上位の詞を実現」”という週刊ポスト(2021年8月13日号)の記事がネットに載っていました。
リンダさんがインタビューに答えて、『どうにもとまらない』の歌詞を読んだ時、「カッコイイ! 待ってた通りの歌だ!」と思った。のちに阿久先生はご著書で「男尊女卑が歌の世界でも続いていた。だから女性上位の詞を書きたくて、山本リンダでそれを実現させた」と語っていたが、このような大役に選んでくださったことに感謝の思いでいっぱいです。
ちょっと違和感の残る記事です。
『どうにもとまらない』の歌詞を読んで、女性上位の詞と感じることができるでしょうか?
♬
うわさを信じちゃいけないよ
私の心はうぶなのさ
いつでも楽しい夢を見て
生きているのが好きなのさ
今夜は真っ赤なバラを抱き
器量のいい子と踊ろうか
それともやさしいあのひとに
熱い心をあげようか
ああ蝶になる ああ花になる
恋した夜は あなたしだいなの
ああ今夜だけ ああ今夜だけ
もうどうにもとまらない
♬
素直に読むと、若くて、身体は立派に成長したけど、ちょっと考えが浅くて、男性に無条件に惹かれてしまう、自堕落で都合のいい女のように見えちゃいます。どうも、女性上位とは思えないです。
このときの山本リンダさんは、へそ出しルックで大人びてはいましたが、まだ21歳でした。
ところが、実は阿久悠はこの歌にある秘密を隠していたという説があります。それが、「女性上位の詞を書いた」という本当の意味なんだそうです。何かわかりますか?
実は、『どうにもとまらない』相手が男性であるということはどこにも書いてないのです。
うわさは信じちゃいけないのです。うぶな私は、いつも楽しい夢を見て生きているのです。
真っ赤なバラを抱いて踊る器量のいい子が男性であるわけがありません。熱い心をあげるやさしいあの人も女性である方がしっくりします。
恋した夜に、あなたしだいで、蝶にも花にもなる(♬花が女か、男が蝶か♪)のです。ああ今夜だけ、どうにもとまらないのは、男尊女卑の世界ではないわけです。
いや~、阿久悠は恐ろしい作家です。