今日、来日しているアメリカのトランプ大統領が、国技館で大相撲5月場所の優勝力士、朝乃山関に米国大統領トロフィーを授与しました。
現代の相撲は競技スポーツの側面が強くはなっていますが、日本の伝統的な神事であり勝敗は関係ないのだというイメージがあります。来年は東京オリンピックが開催されます。オリンピックは、紀元前9世紀にギリシアで始まった競技大会が起源とされます。何故、近代になるまで日本では競技スポーツが産まれなかったのでしょうか?
古代オリンピックも、宗教的行事という側面はあったようです。全能の神ゼウスなどギリシアの多くの神々を崇めるために、おこなわれました。スポーツだけでなく芸術も競技の対象になっていたそうです。
古代オリンピックで最初に行われた競技は、1スタディオン(約191m)のコース を走る「競走」だそうです。その後、2スタディオンを走る中距離競走、20スタディオンを走る長距離競走が実施されるようになります。
駆け比べ(徒競走)は、人間がするスポーツの基本です。
ついで、ペンタスロン(五種競技)が始まります 。短距離競走、幅跳び、円盤投げ、やり投げ、レスリングの5種目を一人の選手がこなす競技です。また、ペンタスロンからレスリング(現在のグレコローマンスタイルに近い)が独立します。
力比べ(格闘技)もまた、人間がするスポーツとしては基本です。
日本には、古代オリンピックのように勝敗を争うスポーツは生まれなかったようです。
日本のスポーツとしては、鳥獣戯画にあるように、相撲、狩猟、射術、競馬、蹴鞠、打毬などが楽しまれていました。
どうも、どれも勝敗を争うような競技大会としてはおこなわれていなかったようです。
近代スポーツを日本にもたらしたのは、明治政府に招かれた外国人たちだというのが定説です。
まぁ、現実には大きな違いは無いのかも知れませんが、スポーツに対する民衆の考え方は地域によって異なっているのかも知れません。