日本は小国(シンガポールとルクセンブルグ)を除けば、世界で最も犯罪率の低い国です。
また、国際的には冤罪(罪のない人が犯罪者として取り扱われること)も極めて少ない国だと思われます。日本では、他の国では犯罪者に分類されるだろう人であっても、法律への明確な違反がない限りは拘束されることがありません。冤罪に問われることが無いわけではありませんが、他の多くの国と比較して、その確率は低くなっています。
品質管理のエラーには二つがあります。
不良品が誤って良品と判定されて出荷(リリース)されるエラーと、良品が誤って不良品と判定されて出荷されないエラーです。
前者では消費者が不良品を手にすることから「消費者危険」と呼び、後者を生産者が利益を失うことから「生産者危険」と言います。
どちらのエラーを避けるべきかと一般の人に問えば、前者の不良品の流出を避けるべきだと答える人が大半でしょう。
もし、不良品の発生がある確率であり得る場合(つまり現実世界の全てにあてはまる)に、このエラー「消費者危険」をゼロにする方法は、全ての製品を出荷しないことです。この場合、確かにエラーはゼロですが、その製品を出荷あるいは入手した場合に得られる利益もゼロです。
一方で、後者のエラー(良品を出荷しない)は、比較的容認されやすいかも知れません。
しかし、良品を出荷しないでに廃棄や手直しすることは生産者にとっても消費者にとっても大きな損失になることは理解できます。
ところで、犯罪をした人が罪に問われないというエラーと、犯罪をしていない人が犯罪者として扱われるエラー、どちらをより避けるべきでしょうか?
日本では、多くの人が後者、つまり冤罪のほうを絶対に避けるべきと考えていると思います。
言葉を変えれば、犯罪者が捕まらないで社会にいるほうが、無実の人が犯罪者として扱われる社会よりも好ましいということです。
犯罪者はただの1人として野放しにしないという考えは立派ですが、冤罪を誘うことになり危険だと思います。品質管理の基本ですが、エラー、ばらつきは絶対になくなりません。
日本の犯罪率の低さは、この国が罪が無くても拘束される恐れがある社会では無いだろうという、住む人の安心がつくっているように思います。