日曜連載は、井原西鶴の「日本永代蔵:現代版アレンジ」です。第二十二回(後編)。
この章は長いので、2回に分けました。今日は後編です。
”山崎に打ち出の小槌 水車は仕合せを待つやら”
(京都・山崎にある打ち出の小槌。水車のように休みなく働けば幸運が巡りくる。)
<前編のおさらい>
営業マンは売上を立てればよいのではない。最も重要な仕事は売掛金の回収だ。
購買マンは安く買えばよいのではない。円満に支払いサイトを延ばすのが腕だ。
京都のエネルギー商社:山崎屋エネルギーは、潔癖症の新社長の下で業績が悪化し、リストラを余儀なくされました。新社長は捨て身になって、会社を再建することを決意します。
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多額の損失を続けたために、会社は実質的な債務超過にあります。エネルギー商社のような多額の資金が必要な仕事はできません。
そこで、小規模な水産加工品の取引に参入してみることにしました。塵一つ落ちているのも嫌いな潔癖症の社長ですから、ガソリンや灯油を取り扱うより、食品のほうが性に合っていたようです。品質がしっかりして、安全な加工品を厳選して提供したものですから、関西一円で評判になりました。
同じような加工品は他社にもあるのですが、山崎屋の商品には寸分の間違いもないものですから、人気がうなぎ上りになりました。取扱高が増えるにしたがって、専属の加工工場を確保して、顧客の細かい要求にも応えられるようしました。京都の高級料亭などにも提供するようになり、海外からの観光客へのもてなし料理に使われています。
年々、利益が増えて資本の蓄積が進んでいきます。ついに、社長は水産加工業を手放して、その資金で投資会社を設立しました。多くの従業員を抱えて、さらに利益を積んでいきます。
社長が代々の会社を潰したことも、水産加工の仕事していたことも、もう誰も言いません。社長は、京都の一等地に豪華なビルを建て、シックな社長室に、高級ブランドに身をつつんで、まさにエグゼクティブです。
社長の知恵や才覚は、投資の世界にピッタリとはまりました。代々の仕事だからと、成り行き任せに仕事を継いでもうまくはいかないようです。
さて、会社経営で重要なイベントは決算です。成り行き任せの決算をするのではなく、しっかりとした準備をして、決算をつくるのです。準備を怠っておいて、売掛金の入金遅れや、予期せぬ支払いの発生があったり、特別損失を計上したりして、赤字決算をしていると、すぐに会社は傾きます。
黒字決算を続けてこそ、経営者と言えるのです。世の中には、ギリギリの収支を乗り切れなくて、赤字決算の会社もたくさんあります。
社長が手放した水産加工会社で働いていた従業員の一人が、独立して小さな食品販売会社を興していました。資本金は僅かに1,000万円で、小規模な個人事業の商店が相手です。
最初の4・5年は、現金取引です。元の水産加工会社と同様に正直な商売を心掛けましたから、顧客は増える一方です。価格も十分に高く設定できましたから、幸せな商売でした。
あるとき、京都の高級スーパーから引き合いが来たのが転機になりました。大きな商売ですから、掛けの取引です。保証金を前受けしたので安心して、売上を伸ばして、会社は順調に利益が増えていきました。そこで、これまでの現金取引の店にも掛け売りをはじめました。すると、売上はどんどん伸びていきました。
ところが、この頃から売掛金の回収がままなりません。
集金に行くのですが、ある商店では「今は、支払う金がないので古い機械を売却して支払うから待ってくれ」と言われ、ある料理屋では「子どもがようやく保育所に入れることになったので、1か月待ってくれ」と言われ、またある店では「父親が認知症で介護が必要になったので来月払う」と言われます。
同業の商社では「手持ちがないので、代わりにうちの商品を取り扱ってくれないか」と言われたものの、見るからに粗悪品で扱えば損が目に見えるので、引き取ります。
ある老舗料理屋に行けば、主人が再婚した若い夫人が、美しく着飾った装いで対応してくれました。喜んだのもつかの間、「主人が私を置いて、他の女性と出奔しました。現金も預金も一切合切残していません。」
まぁ、どの言い訳も嘘っぱちでしょう。でも、赤字決算になりそうな会社は、こうしたギリギリの知恵を絞るものなんです。
高級スーパー向けも、保証金を超えて取引が大きくなるにつれて仕入れ資金が嵩みます。帳簿上の利益は上がっているのですが、最後には資金の回転が困難になっていきました。
ついには、黒字倒産という憂き目にあいました。
売掛金回収のために、顧客の与信管理を徹底したとしても、安全ではありません。顧客との付き合いには油断は大敵です。顧客と親しくなりすぎないことは、ビジネスマンの第一の心得です。親密な関係がよい結果をもたらすこともありますが、稀なことです。
債務保証をつけて販売したとしても、時によっては思い切って切り捨てることも必要です。
売掛金残高にこだわって取引を続けてしまうと、大損することはよくあります。欲が損を呼ぶのです。