日曜連載は、井原西鶴の「日本永代蔵:現代版アレンジ」です。第十七回。
”筑前に隠れなき舟持 蜘蛛の糸のかかる例も”
(福岡で知らない者がいない船会社。上手い仕掛けで大儲け。)
あらゆる物流の手段のなかで、海運が最高です。
現代の最上級のコンテナ船は、全長400m・幅80mの巨大な船体に2万個のコンテナを積んで、速さ28ノット(時速約50km/h)で進みます。アメリカ西海岸まで一週間・ヨーロッパまで10日間で到達します。商売人になった以上は、海運業に進出して、世界の海を渡るのが当然のロマンです。
国内の事業に投資して、いくら儲かっていても、海運業や海外への投資は魅力的です。
先が見えないと言って、逡巡していてはなりません。実際に行ってみれば、外国の会社も正直なものです。きちんとした取引をすれば、リスクも思うほどではなく利益もきちんと確保できます。そうでしょ、最近では国内の大会社のほうがデータ偽装や不正会計でよほど怪しいものです。
海運業や貿易業では、人を騙したりいい加減な商売をしてはなりません。正直に潔白な取引を心掛けるのです。それでも、リスクは確かにありますが、しっかり準備をしたのなら後は万事を天にまかせて見守るしかありません。
さて、福岡県にカネヤという大きな老舗の海運業者がありました。正直な商売を続けていたのですが、どういうことか不運が続きました。大震災の津波に、ハリケーンの高波と、1年の間に3度も自社が仕立てた船が遭難するという考えもつかないような大損害です。
止むを得ず、保険で賄えない損害は手持ちの資産を洗いざらい処分して埋め合わせ、従業員を解雇して会社をごくごく小さくして再興を目指しました。少しづつ立て直そうとしますが、なかなかうまくいきません。最近では、社長も自棄になってきて、働く気力も湧きません。
社長が、あるとき家の中からぼんやりと庭を眺めていますと、庭木の杉の枝に一匹の蜘蛛がおりました。蜘蛛は糸を延ばして、風の力を借りて隣の枝に渡ろうとしています。もう少しで渡れるところで、糸は風に切られてしまい蜘蛛は地面に落ちてしまいました。死んでしまったかと心配しましたが、また同じ枝に昇って同じように糸を延ばします。三度まで同じように糸が切れてしまったのですが、四度目には隣の枝まで糸を掛けることに成功しました。ついには立派な巣をつくり、巣に掛かった蚊を餌にしています。
これを眺めていた社長は、「蜘蛛でさえ、あれだけ地道に努力をするのだから、人にできないはずがない」と思いつきます。
そこで、何とかもう一度事業を興そうと、何とか1500万円の元手をかき集めて、海外のブランド品を取り扱うネットビジネスをはじめました。もともと、商品の目利きには自信もあり、安く仕入れて高く売ることができると目論んだのです。
しかし、この手の商売は思うようにはいかないものです。ブランド品商売と言っても、それを欲しいと思う人が、こちらの都合のよいときに現れるわけではありません。それに何より、元手が少なすぎました。結局のところ、資金も底をついて、いよいよ自暴自棄です。
ついには諦めて、贔屓にしていた長崎の古い料亭「花鳥」で大散財したうえで、会社は破産させようと考えました。一生の遊び納めですから、これまで入ったこともない奥座敷で、最高の料理に、最高の舞妓を選りすぐって大尽遊びです。
そのとき、ふと屏風が目に入りました。料亭の女将に訊ねてみると、先代から伝わる屏風だがどんな謂れがあるのかは知らないとのこと。
どう見ても中世、藤原期の和様のすぐれた筆跡に思えます。間違いなく真筆だと確信が持てます。女将は価値を知らない様子なので、巧妙に言いくるめて、持ちだすことに成功しました。
伝手を頼って、美術品愛好家でもある某知事の元に持っていきますと、どうやって集めたのか社長が予想した以上の大金で買い上げてもらえました。某知事の金の出所が問題になったことで、カネヤの抜け目のなさが際立って、よい評判になりました。
倒産寸前だったカネヤは、その金を元手に立派に再興を果たして、昔以上の大きな海運業者になっていきました。
その後、カネヤは「花鳥」に多額の出資をして経営を援けたので、女将は今や長崎一のリゾートホテルの大社長として活躍しているそうです。