日本永代蔵より(8) ・・・ 才覚を笠に着る大黒

日曜連載は、井原西鶴の「日本永代蔵:現代版アレンジ」です。第八回。

 

”江戸に隠れなき小倉持  身過ぎの道急ぐ犬の黒焼き”

(東京で知らない者がいない資産家。再出発のきっかけはまがいもの。) 


京都の中心部に大きなビルを持っているのは大黒屋商会という会社です。

創業社長には三人の息子があり、それぞれ名門大学を出て立派に成人して、大黒屋商会に入りました。創業社長は安心して引退の準備を整え、代表権を長男に譲りました。

 

ところが、この長男がマカオやシンガポールのカジノで大散財をしていたことが発覚しました。子会社からの借入金で誤魔化していたので発覚が遅れて、期末に1億7000万円の使途不明金が出ました。仕方なく、経理担当役員が棚卸在庫を水増しする粉飾で乗り切りました。

先代からの役員一同が長男に「二度とこんなことがないように」と強く諭しましたが、次の期末には新たに2億3000万円の金が消えていました。

さすがに隠しようもなく、創業社長の知ることとなります。激怒した大株主でもある父親は、ただちに長男を解任しました。それどころか、退職金ほか一切の支援も許さず、長男が社宅として住んでいたタワーマンションからも追い出しました。

 

まさに一文無しで放逐されてしまいました。自分自身の罪であり責任だという自覚はあります。京都に居ることはできませんから、とりあえずは、通っていた名門大学がある東京に向かうことにしました。

とは言え、お金が無いので”路線バスの旅”です。まだ、滋賀県を旅していたときです。

子どもたちが「弁慶が死んだ!」と泣き騒ぐ声が聞こえました。急ぐ旅でもなく、のぞき込んでみると、子牛ほどの大きな黒犬が死んでいました。長男はこの死んだ犬をもらい受けて、山に入っていきました。

 

長男は、山中で畑仕事をしている男を見つけて「この犬は、三年あまり種々の薬を与えて育てた薬犬だ。黒焼きにしたら、消化器の病気に効く薬になる。」と話して、一緒に焼きました。一部を男に渡して、残りを抱えて山を下ります。

ここから東京までの間、路線バスの旅をつづけながら街々で「消化器の病気に効く秘薬:狼の黒焼き」と称して犬の黒焼きを商売することにしました。

運よく最初の街で5800円の売上があったので調子がでてきて、東京に着くころには23万円ほどのお金が貯まりました。残った犬の黒焼きは証拠隠滅。神奈川の海岸に埋めて、何食わぬ顔で東京に入りました。

 

自分の事件は新聞沙汰になっています。東京に着いても、昔の友達に合わせる顔もありません。やむなく保証人もいらない安アパートを借りて住みつきました。

 

類は友呼ぶの格言通り、他の住人たちも同じような境遇です。

隣は、奈良県で酒造業を営んでいた男性です。一時はそこそこ繁盛していたのですが、京都や兵庫から好い酒が入ってくるとだんだん売れなくなって、先祖伝来の商売を閉めてしまったと言います。

向かいは、大阪の御曹司です。小さいときから、お茶・お花・書道。ピアノ・ギターにバレー・ダンス。囲碁に将棋に麻雀と、どれも玄人はだしでした。何でもできると思っていましたが、結局はどれも中途半端な素人芸です。金を稼ぐところまではできなかったと言います。

その隣は、東京が地元です。親から受け継いだアパート経営で年間2億円近い収入があったのに、全くわきまえがない生活を続けていました。店子の管理やアパートの営繕にも手を抜いた結果、アパートも手放すことになったと言います。

 

長男は、この4人が揃えば何か仕事もできるのではないかと話しかけます。

3人は口を揃えて、「東京では巨大資本だけが繁栄して、中小零細はどうしようもない」と諦めばかりです。夜通し話をしても、できもしない絵空事ばかりです。

長男は、3人に3万円づつの謝礼を渡して、アパートを引き払いました。

 

もう一人で何とかするしかないと覚悟を決めた長男は、恥を忍んで学生時代の恩師を訪ねます。居候させてもらいながら、お土産用の手拭いの製造販売をはじめました。原価率が低くて、取り扱いも簡単です。何よりお土産用なら、少々高い値段でも通ります。僅かですが、最初の月からいくらかの利益が出ました。

 

もともと商売の才能もあったのかも知れません。豪奢な生活もカジノの楽しみも全て忘れて、商売を続けること10年。長男は、15億円の資金を使って、東京に第二大黒屋商会ビルを建てることになったそうです。