水道の蛇口から出る水(タップウォーター)が飲めるのは、世界でもごく限られた国だけです。
日本では水道水を普通に飲んでいます。
毎年、世界で延べ40億人が水系の感染症に罹り、200万人の方が亡くなっています。安全な水を飲めるということは、実はすごいことなんです。
日本の水道水が安全に飲めるのは、濾過と塩素消毒という二つの工程がきちんと管理されているからです。自然の水のなかには、いろいろなものが混ざっていますから、それを分離して濾過します。
濾過をした水のなかにも、感染症を引き起こす細菌やウィルスが混入しているので、これを塩素で滅菌します。一度の塩素滅菌で完全に細菌やウイルスは死滅しないので、水道水には塩素を残して(残留塩素と言います)、増殖を防いでいます。
感染症を防ぐには、残留塩素が多いほうが有利です。しかし残留塩素が多いと、カルキ臭がして水がまずくなります。少し前の水道水が、酷くまずかったのは感染症対策が重要だったのです。
ところが1980年代に、塩素消毒をすると水道水のなかに生成されるトリハロメタン(クロロホルムなど)には発がん性があるという疫学調査の結果が数多く公表されました。特に、アメリカで多くの疫学調査が行われたのですが、現在判っているよりも「発がん性」が大きいと評価されました。(調査のレベルがまだ低かった時代です。)
この結果、塩素消毒を控えたところで感染症が爆発しました。ペルーの首都リマでは水道水の塩素消毒を停止していたところに、入港した外国船がコレラ菌を含む艦底水を港に投棄したためにコレラが蔓延して80万人が罹患し7000人が死亡するという事件もおこりました。(1991年)
つまり、塩素消毒は感染症リスクを下げますが、発がん性リスクを高め、水の味を損ないます。安全や環境の問題は、こういうトレードオフの関係になることが多いので、どこでバランスを取るのか難しいことになります。
現在の日本の基準は、残留塩素濃度を0.1~1.0㎜g/ℓのなかに入れることになっていますが、おいしい水道水を標榜する水道局(例えば東京都など)では、塩素濃度を下限の0.1㎜g/ℓ近くに抑えようとしています。
塩素濃度を低めにコントロールすると、感染症リスクを高めることになります。現在の日本にはコレラ菌や赤痢菌が存在しないので、リスクの大きさは許容できると言うことでしょう。しかし、細菌やウィルスが越境してくることは考えられます。リマ市の例のように、外国船舶が汚染水を港に捨てることを完全に防ぐことは困難です。
適切なバランスを取ること。つまり複数のリスクの総和を最小に抑えることは、正確な調査による情報や現実的に監視できる水準をもとにして慎重に見極めないといけません。
尚、リスクをゼロにすることはできませんし、それを求める活動は徒労です。