三十六計逃げるに如かず

 孫子の兵法のうち、日本では最も有名な言葉です。


 孫子は老子と同じ春秋時代に中国で活躍した武将であり兵法家です。と言っても老子と同じく、実在した一人の人物なのか、複数の人の考えをまとめたのかは、よくわかりません。

 孫子の兵法は三十六計ありますが、日本では最後の三十六番目「走為上」=「走(にげる)を上と為す」が最も有名です。 黒田官兵衛など日本の戦国ドラマでも、孫子の兵法と言えば「逃げるに如かず」か、「戦わずに勝つ」というのが極意として描かれます。日本人の心情によく合うとも言えますが、実は日本人には一番苦手な計略なのかも知れません。

 

 この「走為上」には二つの意味があります。

 一つは、ある事業をはじめたものの、市場が厳しかったり、技術開発に苦しんだりして、どうもうまくいかないときに、これまでの投資金額にこだわって続けるのではなく、一旦はやめておく。という<退却の計>。

 もう一つは、環境の変化によく気を配って、事業リスクの発生を早めに察知して、保安距離をきちんと取り、突然の被害を避ける。という<距離の計>。


 孫子は中国哲学の一つですので、中国の方もよく知っておられます。また、中国系の企業の思考を知って、どんな駆け引きをするのかを予想するのにも役立ちます。中国本土を含みアジアでビジネスを考えている経営者には、孫子の兵法は必読書です。と言っても原書を読む必要は無く、「マンガ版」で十分と思います。

 

 さて、三十六計のうち、中国で最もよく知られているのは「走為上」ではなく、三十二計の「空城計」です。諸葛亮孔明が好んで使ったと言われる計略です。

 実際は兵隊でいっぱいの城を、空城に見せかけておきます。油断した敵に攻め掛けさせたうえで、待ち伏せをしておいて反撃して壊滅させる。という<待ち伏せの計>です。

 この「空城計」は逆パターンで「満城計」、実際は兵隊がいないのに、満ち満ちているように見せかけるというのもあります。

 

 ビジネスにおいて、特にアジアのビジネスでは、この計略に簡単に引っかからないよう、事前の調査を怠らないことが大切です。自分が油断して引っかかっておいてから、「逃げるに如かず」だと威張っても駄目ですよね。