老子の教えは毎週日曜日に掲載します。今日は、老子第二十五章です。
この章は、回りくどいので自己流の解説です。
「道」というのは、万物が従う「法則」のことです。
「大」というのは、「偉大で根本で究極」ということです。
世界には偉大なものが4つあって、その順序は
「法則」>「宇宙」>「大地」>「人」の順です。
人は自然の法則に従って生きなければなりません。
このなかで、「名」を知らず「字(あざな)」を「道」というのは、中国では「名」を簡単に呼ばないのです。「名」を口にすると、魔物に正体を知られて魂を吸い取られる恐れがありますから、あざな=”あだな”で呼びます。
宮城谷昌光さんの春秋時代をテーマにした本をよく読みます。直近読んだ「沙中の回廊」の主人公は晋の宰相・士会ですが、名前で呼びかけられることはありません。官職で呼ばれるのが普通ですが、友人には士季(士家の末弟)と呼ばれます。ちなみに、台北に「中正記念堂」という蒋介石の顕彰施設があります。介石は字で、中正が名です。
有物混成、先天地生。
寂兮寞兮、獨立不改、周行而不殆。可以爲天下母。
吾不知其名、字之曰道。強爲之名曰大。
大曰逝、逝曰遠、遠曰反。
故道大、天大、地大、王亦大。
域中有四大、而王居其一。
人法地、地法天、天法道、道法自然。
いろんなものが混じり合って、天地ができるより先に生まれた、ものがあります。
それには、音もなく形もなく、ただ一つで変わることもなく、どこまで行ってもなくなりません。これは、この宇宙の母というべきものです。
私はその名前を知りませんので、「道(法則)」と呼ぶことにします。強いて言えば「大」となります。
大は立ち去って帰らず、どこまでも遠くに行きますが、遠ざかると戻って近くにあります。
道は大なるもの、宇宙も大なるもの、大地も大なるもの、人も大なるものです。
世界には四つの大なるものがあって、人もその一つです。
人は大地に従い、大地は宇宙に従い、宇宙は道(法則)に従い、道は自然に従います。